私は、研究・開発業務を約10年経験した後、希望を出して知財部に異動し、知財業務に従事して約10年の弁理士です。
かつて知財業界は、研究・開発や技術部での業務を経て異動してくる人がほとんででした。しかし最近では新卒者の配属先として知財部があり得るなど、知財業務専従できた人も出始めています。
知財業務には技術知識がマストであることを理由に、研究・開発業務経験のないメンバーに否定的な意見を述べる知財部員もいます。が、私はそのようには思いません。事実、前の会社で上司だった人は、研究・開発業務の経験こそありませんでしたが、長く一つの技術を担当していたことから技術理解力は高く、知財実務の知識も豊富で、部下や研究者から慕われていました。
一方で、研究・開発業務経験があるからこそ発揮できる業務上の姿勢や進め方があるのも事実と考えています。
そこで今回は、これらの研究・開発業務経験のある知財部員だからこそ持っているものについて、私が感じるところを提示したいと思います。
内容は以下の3つです。
1.研究者・開発者から提出された発明案を大事なものとして扱う。
2.研究開発の目的や事業化について、曖昧な要素があることを理解する。
3.研究開発部門と知財部門の立ち位置を理解した上で、言いにくいことも指摘する。
それぞれ、詳細に説明します。
1.研究者・開発者から提出された発明案を大事なものとして扱う。
以前にも書きましたが、研究者から提出された発明案を「レベルが低い、誰でも思い付く」などとバカにしたり、「こんなの使えない」と批判するのみで、自分からは何も提供せず、研究者から煙たがれる知財担当者がいます。
自分に経験があれば分かるのですが、研究者・開発者にとって知財活動に取れる時間はそれほど多くありません。”技術が分かっている人”として、自身の開発業務以外に、装置の導入・管理、開発技術の事業化、役所への申請書類(規制薬品を使うとか)まであらゆる業務を、研究者・開発者は割り振られます。そんな中、彼らは何とか時間を確保して知恵を出し、発明提案書を提出してきている、というのが現状なわけです。
この時点で、知財部員は私も含めまだ何もしていません。要は、出願系の知財部員の仕事は研究者・開発者の提案があってはじめて成り立つ、ということになるわけです。
このような立ち位置を理解すれば、作家に対峙する編集者のように、研究者・開発者のモチベーションを上げつつ、自らも協力して活用できる権利に持っていくこと、が知財部員にとって必要な姿勢であることすぐに分かるはずです。
研究開発業務の経験のある知財部員は、研究者の苦労、置かれた状況が理解できるため、たとえ使えなそうも無い発明案であっても、調査など自らも手を動かしながら、当該発明案の修正ポイントを提示し、より使える権利に持って行こうと努力する傾向にあります。
この点は、当該経験のない知財部員と差が出やすい点であり、このような姿勢は研究者からも支持されることが多いです。
2.研究開発の目的や事業化について、曖昧な要素があることを理解する。
特に調査業務に従事する一部の知財部員に見られるのですが、侵害予防調査などで、調査対象となる出荷予定の自社製品の仕様がはっきりと定まらない状態で調査依頼が来た場合などに、「製品がどんなものかまだ決まらずに調査なんかできるか!」と言ってキレる担当者がいます。
侵害予防調査を行う側の立場から見れば、調査対象製品の仕様が決まっていない状態で適切な調査はできない、という認識は正しいです。しかし調査を依頼してくる研究者・開発者(この場合は事業部が多い)からすれば、製品の仕様は直前までお客さんや生産現場の事情などで変更になることがあり得る、一方で製品出荷する以上、侵害予防調査はしなければならない、という板挟み状態であるのが実情な訳です。
研究・開発業務経験者はもちろんこのような研究者・開発者の立場を理解しています。よって当該経験のある知財部員は、調査仕様において曖昧な部分があっても、そのような状況では侵害予防調査として一定の限界があることは説明しつつも、どこを落とし所に調査をすべきかを自ら提案する、といった姿勢で、業務に取り組むことが多いです。
このように研究者・開発者の置かれた立場を理解して柔軟な対応をする傾向がある点も、当該経験のある知財部員のいいところです。
3.研究開発部門と知財部門の立ち位置を理解した上で、言いにくいことも指摘する。
上記1.2.で指摘したように研究者の状況、心理は十分理解する必要があります。モチベーションアップの為に、しょぼいと思える提案も否定せず、むしろこちらから方向性を提示することも必要です。
しかし一方で、世の中は世知辛いです。研究開発部門と知財部門という立場や役割が異なる部門同士が協力しあえる、分かり合える、ということはほとんどありません。むしろ対立関係にあるのが普通、とさえ言えるかもしれません。
なぜなら知財部門は事業に役立つ権利を取得するというが最大のミッションであり、使える権利を取得するために発明者のモチベーションをあげていい関係を築くことを部分的に諦める必要がある、つまり対立を承知で嫌なことを言わざるを得ない場合もあるからです。
と言うことは、研究開発部門と知財部門は、根っこのところで理解し合う、完全にお互い協力し合う関係になることは難しい、ということですが、この点も、研究開発部門と知財部門の両方を経験した知財部員は理解できていることが多いです。
よって発明者が、自身の実験などで時間がない中、苦労して発明案を完成させたことが分かり心情的にはうまく出願に持って行きたい場合でも、当該発明案からどうしても事業に役立つ、すなわち自社製品をカバーしたり、ライセンスに使えたりする特許を作れそうになければ、当該発明提案を却下することも、研究開発業務経験のある知財部員は厭いません。
もっとも、この決定を発明者に伝えるのは勇気がいります。せっかく発明者と、作家・編集者のような関係になっていても、発明者が怒って一気にやる気をなくす場合もあります。
しかし、これを恐れる訳にはいきません。この場合、言い方はもちろんありますが、躊躇せず、却下を発明者に伝えるべきなのです。これをしないとその知財担当者は結局発明者に舐められ、彼らにとって都合のいい人で終わるでしょう。
この点は、上記1.2.と矛盾するかのような内容ですが、最も重要なことです。
<本日のまとめ>
研究開発業務経験のある知財部員であるがゆえに、業務でうまく対応していると思われる点として、以下の3点を本日は紹介しました。
1.研究者・開発者から提出された発明案を大事なものとして扱う。
2.研究開発の目的や事業化について、曖昧な要素があることを理解する。
3.研究開発部門と知財部門の立ち位置を理解した上で、言いにくいことも指摘する。
繰り返しになりますが、本日の内容は、研究開発業務経験のある知財部員がそうでない知財部員より優れている、あるいはそのような経験が必須である、と言っているのではありません。
しかし今日紹介したような、研究開発業務経験に基づく業務上の姿勢や進め方は、知財部員として有利な要素の一つであるとは思いますので、当該経験の有無に関わらず、知財部員の方には、ぜひ今日の内容を業務に役立ててもらえればと思います。
本日は以上です。